「驚異の才人」という形容詞が必ずついて回る音楽家、フランソワ・グロリューの吹奏楽作品集が登場しました。
グロリューは1932年8月27日にベルギー北西部のウェスト=フラーンデレン州コルトレイクに生まれ、ヘントの国立音楽院でピアノを学びました。1977年からヘント国立音楽院で室内楽の教授を務めるとともに、イェール大学の客員教授やアントワープの国際ピアノ・マスタークラスの音楽監督にも就いており、ピアノ奏者、作曲家、指揮者、評論家、教育者として幅広い活動を行っています。アンドレ・クリュイタンスや岩城宏之、あるいはスタン・ケントンやポール・マッカートニーに認められ、40枚を超えるレコードやCDをリリースしており、先頃亡くなったマイケル・ジャクソンからアレンジを依頼されたこともあります。ビートルズやサイモン&ガーファンクルのナンバー、あるいは日本の歌を、モーツァルト風やベートーヴェン風、チャイコフスキー風など、あたかもそれぞれの作曲家が書いたピアノ曲のようにそれらしくアレンジして弾いたアルバムはクラシックの枠を超えてヒットし大きな話題となりました。
さて、このアルバムはグロリューの吹奏楽作品7曲を集めたものです。いずれも元々は管弦楽曲やホルン八重奏曲として書かれた曲で、作曲者自身の監修により吹奏楽に編曲され、ハファブラ・ミュージックから出版されることになりました。
15才のときに初めてBBCプロムスを知ったというグロリューは、イギリスの指揮者でその「プロムナード・コンサート」を第1回から半世紀近く指揮したサー・ヘンリー・ウッドに捧げて「ロンドン・プロムス序曲」を作曲しました。6台のティンパニによる堂々たるソロに始まり、金管楽器による華やかなファンファーレ、短い中間部を経て再びファンファーレの主題が現れるシンプルな構成の、コンサートの幕開きにふさわしい演奏会用序曲です。わずか4分ほどですが、プロムスの雰囲気を感じさせるもので、大編成の吹奏楽によるゴージャスなサウンドが際立っています。
「オルギア」とはラテン語で酒の神バッカスの祭りのことです。ハープの伴奏に乗って歌われるアルトフルートの静かなソロで始まりますが、パッサカリアの形式で同じリズムと同じ旋律が何度も繰り返される中に合いの手や対旋律が次々に現れ、ラヴェルの「ボレロ」のように盛り上がって熱狂的なクライマックスを迎えたかと思うと酔っぱらって倒れたかのように終わります。
悪魔の音程とも言われるD・G♯の増四度の音型で始まるインパクトのあるマーチ「レジス・グロリュー行進曲」は、作曲者の息子レジスのために作曲されたものです。彼の名前のRé(フランス語でD)、gis(ドイツ語でG♯)をそのままマーチのオープニングにしたのでした。一味も二味も違った魅力的なコンサートマーチとなっています。
さて、このCDではユーフォニアムとトロンボーンのソロも聞き物です。
ベルギーの若手ユーフォニアム奏者ニック・オストはヘント国立音楽院でグロリューに室内楽を学んだのがきっかけでグロリューにユーフォニアムのための作品を委嘱するようになりました。ここに収録されている「ユーフォニアムと吹奏楽のための協奏曲」もその1曲で、2つの部分からなるこの曲ではオストの演奏を想定してユーフォニアムの豊かな響きと機動力を活かしたものとなっています。
トロンボーン奏者トム・フェルスホーレを迎えて収録されているのが、「ノスタルジックに」「元気に」「物悲しく」「熱狂的に」という4つの曲からなる「トロンボーンと吹奏楽のためのスケッチ」と、元々はフルートとピアノのために書かれ、後にトロンボーンと管弦楽のために改編された「11月」の2曲です。いずれもフェルスホーレに献呈されています。
アルバムの最後を締めくくるのは、ホルン八重奏として作曲された「サマー・ミーティング77」です。1977年にアントワープの夏期コースに出演したシカゴ交響楽の首席ホルン奏者デイル・クレヴェンジャーの委嘱で書かれたもので、ここでは吹奏楽による多彩な響きで新しい曲となっています。
CDには明記されていませんが、「ロンドン・プロムス序曲」「オルギア」「レジス・グロリュー行進曲」はバルト・ヴァッテとディーター・ボフェ、「ユーフォニアムと吹奏楽のための協奏曲」と「トロンボーンと吹奏楽のためのスケッチ」はこの録音でユーフォニアム独奏を演奏しているニック・オスト、「11月」と「サマー・ミーティング77」はベルギー・ギィデ交響吹奏楽団のトロンボーン奏者でハファブラから数多くの優れた編曲作品を出版しているジョゼ・シンスが、それぞれ吹奏楽への編曲を行いました。
楽譜はハファブラ・ミュージックから出版されており、お取り寄せできます。曲によっては3パートのオーボエやテュッティとは別に3パートのソロクラリネット、あるいはトランペット、コルネット、フリューゲルホルンが2パートずつや、バリトンが2パートに別にユーフォニアムなど、元の管弦楽版の管楽器の編成を残したままヨーロッパで主流の大編成吹奏楽を想定して書かれているものもあります。グロリューの色彩的なサウンドを活かしたスコアは実力のあるバンドの演奏会にお薦めです。吹奏楽ではまだほとんど知られていないグロリューの珠玉の作品をぜひ演奏してみてください。
演奏は吹奏楽の最高峰とも言えるベルギー王室の至宝、ベルギー・ギィデ交響吹奏楽団、指揮は2008年4月から楽長を務めるイヴ・セヘルスです。
(2009年8月)
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