違法コピーをやめましょう!

ある日研究室で

 私の研究室をある学生が訪れました。

「せんせー。せんせーが新しく出版された○○○○の楽譜を貸して欲しいんですが」
「ほー、嬉しいねえ。研究材料にしてくれるんだね。じゃあスコアだけでいいね」
「いえ、パート譜も。私の出身の高校のバンドで演奏するんです」
「あ、そうなんだ。でももう発売されてるよ」
「はい、でも買うと高いから顧問の先生が借りて来いって...」
「で、コピーしようってワケ?」
「はい」
「m...」

 私が短気な人だったらこの学生は怒鳴られていたでしょう。彼女は「あなたの楽譜はお金を出して買うほどのものじゃないからタダでください」と言ったのと同じなのですから。腹が立つというよりも呆れました。そして諭して帰らせました。最近でこそこんな学生はいなくなりましたが、かつては音楽大学の学生ですらこのありさまでした。

楽譜はコピーするもの?

 話を聞くとこの学生が過ごした中学校と高等学校の吹奏楽部ではほとんど楽譜を買うことはなく、いつもどこかのバンドから借りてきた楽譜をコピーして活動しているとのことです。彼女がどうかしているというよりも、彼女が過ごしたスクールバンドの顧問の先生たちがおかしいのです。

 学校の先生はコピーに対しての感覚が麻痺しがちです。学校の授業で教材として配布するものはコピーしても良いことになっているからです。この著作権法第35条には「著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない」ともあるのですが、都合良く拡大解釈されがちです。そしてさらに課外活動にまで平然とコピーを使うようになってしまうのでしょう。「課外活動も教育だから楽譜は教材だ」と解釈すれば法的には許されるのかもしれませんが、私はその解釈には無理があると考えます。

 楽器があっても楽譜がなければ演奏活動はできません。自動車があってもガソリンがないと動かないのと同じです。ガソリン代を節約するためにガソリンを盗む人は滅多にいないのに、なぜ楽譜代を節約するためにコピーをする人がたくさんいるのでしょう?

 買うべき楽譜を買わずにコピーして使うのはコンビニでチョコレートを万引きして食べてしまうのとも同じです。被害にあった店が特定できないので罪の意識を持ちにくいだけの違いです。吹奏楽の楽譜ともなると吹奏楽部(吹奏楽団)のメンバー全員で集団万引きをしているのと同じです。万引きをした生徒にお説教をする先生が、一方では借りてきた楽譜をコピーする姿は滑稽な漫画です。

 スクールバンドの指導者の先生方にお願いします。権利意識を養うことも大切な教育であることを忘れないでください。そして、間違っても集団万引きを先導するようなことはしないでください。

作曲家だってメシを食う

 私は大学の教員なので出版は研究活動の一環であり、それで生活をしているわけではありません。しかし世の中にはそれで生計を立てている人がたくさんいます。コピーのために倒産してしまったと思われる出版社もあります。生活のためにしたくもない仕事をしている作曲家もたくさんいます。なぜか一般には印税はすごく高額で作曲家は裕福なものとイメージされることが多いようですが、少なくともクラシック界や吹奏楽界の場合、それは違います。

 作編曲家がみそ汁をすする姿は想像しにくいでしょう。しかし作編曲家も人間。ごはんを食べて生きているのです。

作曲家に敬意を

 ある時武満徹氏はある演奏家に「ステージには原譜を持って出て欲しい」と頼んだとか。合法的なコピーにさえ抵抗感をもつ作曲家の気持ちがわかりますか?

 本当にその作品が好きならそれを作った作編曲家への尊敬と感謝の気持ちが自然に生まれるはず。尊敬と感謝の気持ちがあるのなら違法なコピーはもちろん、合法的なコピーにも少々の抵抗感があるはず。違法コピーした楽譜で演奏する人に「この曲が好き」とか「この作曲家を尊敬している」などと言う資格はありません。

 仮に法律の話は別にしても、楽譜を買うことで作編曲家への敬意を表したいものです。それが真摯な演奏の第一歩です。

楽譜は高い?

 楽譜をコピーする人はよく「高いから」と言います。楽譜は高いでしょうか? 何に比べて高いのでしょうか? コピー代よりも高いということではないでしょうか? ひとつの音楽が作曲(または編曲)されて店頭に並ぶまでにどれほどの人々の情熱と労力が必要か、それを想像すれば楽譜は高いものではないと感じられるはずです。作編曲家はもちろん、浄書屋さん、印刷屋さん、出版社の社員たち、倉庫会社の社員たち、トラックの運転手さん、楽譜店の店員さん、さらに輸入楽譜の場合は航空会社の社員たち、輸入代理店の人たち...彼ら一人ひとりとその家族の生活費も楽譜の値段に含まれているのです。そう考えるとむしろ「安すぎる」と思いませんか?

 仮に50名のバンドが20,000円の楽譜を買うとしたら一人あたりたったの400円。今どき400円で何日間か(あるいは何ヶ月も)楽しめる物が他にあるでしょうか? コーヒー一杯分の出費。それが高いでしょうか?

 ウィーン・フィルでは燭台から流れ落ちた油のシミがついた楽譜を今でも大切に使っているそうです。楽譜は人間一人の寿命よりずっと長く生き続ける財産です。コーヒー一杯分の出費でそんな財産が得られる。私はつねづね「楽譜は安い」と感じています。

 ヨーロッパ人はわれわれ日本人の感覚からすると質素です。たとえば鼻をかむのに彼らはティッシュペーパーではなくハンカチを使います。そんな彼らが楽譜のコピーをあまりしないのは紙がもったいないと感じているからです。

 お金をケチって違法コピーをする東洋人、地球のためにコピーをしないヨーロッパ人。どちらが賢いでしょう?

レンタル譜は自衛手段

 「レンタル譜は高い」と言う声もよく聞きます。確かに売り譜に比べると割高感がありますが、売り譜に比べて需要が低く、貸し出し前と返却後に全パート譜の全ページにわたって汚損等がないかどうかチェックして状態の悪い物は新しい物と差し替えるなど手間(=人件費)がかかり、どうしても結果的に売り譜よりも高くなってしまいます。レンタルDVDなどの感覚からすると買うよりも借りる方が高くなるのは納得しにくいかもしれませんが、楽譜の場合は返却されることで節約できる紙代とインク代よりも多額の経費がかかってしまうのです。

 レンタルは需要が低い楽譜を世に提供するための手段ですが、われわれ作編曲家や出版社の自衛手段でもあります。レンタル譜は誰にその楽譜が渡ったかを把握でき、コピーが第三者に流出しにくい利点があるからです。もちろん誰もがコピーせずに買ってくれるなら売り譜として広く安く提供したいのが作編曲家と出版社の願いです。

楽譜屋さん頑張って! でも...

 吹奏楽の楽譜が必ずしも入手しやすいものばかりでないのもコピーされる原因と思います。楽譜店への批判を頻繁に耳にします。私も楽譜店にはもっと頑張って欲しいと願います。しかし楽譜店にしてみれば売れるか売れないかわからない(どうせたいして売れない)ものを店頭に並べるのは割に合わない商売です。しかも吹奏楽譜を陳列するには大きなスペースが必要ですから。

 そういう意味でインターネットで受注する形で価格を抑えているミュージックストア・ジェイ・ピーなどは新しい楽譜店のありかたを示唆しています。楽譜は店頭で手にとって吟味して購入したいという人にはなじめないかもしれませんが..。

出版社も頑張って! でも...

 出版されてもすぐに絶版になってしまう楽譜が多いです。絶版になった楽譜はコピーしても良いということはないのですが、そう思っている人が多いようです。出版社にはもっと意地を見せて欲しいものです。しかし苦労して出版した楽譜を絶版にするのは出版社としても断腸の思いでありましょう。もちろん絶版は作曲家にとって何よりも悲しいことです。

 そもそもなぜ絶版になるのか? 買わずにコピーするバンドが多いのが大きい原因です。せっかく楽譜屋さんに注文しても「絶版ではないが品切れしている」と言われることがあります。たしかに今の時代は出版社が楽譜をデジタルデータ化していることが多いので理論上は絶版ではないのです。

 絶版寸前の物をオンデマンド(受注印刷)にする出版社も出てきました。絶版にはしたくないが在庫を持つと割に合わない出版社の苦悩が見て取れます。発注してから届くまでに少し日数がかかってしまうのが難点ですが、ひとつの解決策としてオンデマンド出版が増えつつあります。

 楽譜店を通じて何度も発注を繰り返すだけでも重版して欲しいという願いは出版社に届きます。事実そうしてたくさんの注文があって再発売されたりレンタルやオンデマンドで復活した楽譜もあります。あなたのバンドが欲しい楽譜はきっと他のバンドも欲しがっていることでしょう。願いが通じて重版が実現すれば世界中のバンドのためになります。

 もし使いたい楽譜が絶版で、かつ何かの事情でどうしても再版を待つことができなかったら...

1.持っている人や団体や図書館を探して借りる。
2.コピーせずに大切に使って返す。
3.その後、他の楽譜を発注するついでにその楽譜も発注し続ける。

 こんな方法はいかがでしょうか。手軽で合法的、そして出版社へは重版の願いが届きます。

 その出版社のホームページを見つけて重版を願うメールを送るのは最も効果的でしょう。たとえば「I want your publication, XXXX. I know it is out of print now through Japanese distributor. It's very unfortunate.」という具合に。ひょっとするとAuthorized copy(合法的なコピー)を売ってもらえるかもしれません。

悪循環を断ち切ろう

 楽譜で誰かが暴利をむさぼっているでしょうか。作曲家? 出版社? それとも楽譜屋さん? 実は誰も儲けていません。

 試しに私が「展覧会の絵」で得た金額を制作に要した時間で割ってみました。1時間につき約50円です。今どき時給50円のアルバイトなんてあるでしょうか? もちろん CD のレコーディングに立ち会うための渡航費用を引けば儲けなんてありません。何十万円もの赤字です。吹奏楽の楽譜を扱っている店の方は「ボランティアみたいなもの」と口を揃えて言います。

 誰もが楽譜を買うようになれば楽譜は必ず安くなります。絶版も少なくなります。店頭にたくさんの楽譜が並んで手にとって選べるようになります。値段が高い→買わずにコピーする→売れない→値段が上がる、の悪循環はどこかで切らなければ音楽界の誰もが損をします。

 違法なコピーはやめましょう。あいにく絶版になっていてもコピーせずにしつこく出版社に重版を願い出ましょう。

バランス感覚を持とう

 われわれ音楽人は「権利者の保護をすること」と「音楽を社会全体の共有の財産にすること」の相反する2つの理想にうまくバランスを取りつつ活動をしなければなりません。以上の記述はやや前者に偏ったものかもしれません。しかし日本の吹奏楽界が後者に偏っているのが明らかなので、私は「違法コピーをやめましょう!」と主張し続けています。

 楽譜のコピーの問題について考えを深めたい方はぜひ楽譜コピー問題協議会(CARS)のホームページへどうぞ。私は特に「楽譜コピーに関するアンケート結果」にショックを受けました。

 2009年3月追記: 小森昭宏氏と私との対談記事が掲載されました。

違法なコピーをやめましょうコンクールの迷信